最高裁判所第三小法廷 昭和39年(オ)1223号 判決 1967年3月14日
上告人
山口重治
右訴訟代理人
片岡勝
被上告人
赤井良治
右訴訟代理人
平野光夫
主文
原判決の上告人山口敗訴の部分のうち、上告人山口に対し金二五万円に対する昭和和三四年四月一日から同年四月二六日まで年六分の割合による金員の支払を命じた部分を破棄し、右部分に関する被上告人赤井の請求を棄却する。
上告人山口のその余の部分に対する上告を棄却する。
訴訟の総費用はこれを三分し、その一を被上告人赤井の、その余を上告人山口の負担とする。
理由
上告代理人片岡勝の上告理由一について。
約束手形の支払期日(満期)が変造された場合においては、その振出人は原文言(変造前の文言)にしたがつて責を負うに止まるのであるから(手形法七七条一項七号、六九条)、手形所持人は原文言を主張、立証した上、これにしたがつて手形上の請求をするほかはないのであり、もしこれを証明することができないときは、その不利益は手形所持人にこれを帰せしめなければならない。
本件につき原審が確定したところによれば、本件手形は、上告人山口が、支払期日をそれぞれ(一)一通は昭和三四年三月七日、(二)一通は同年三月一二日、(三)一通は同年四月二六日として振り出した合計三通の約束手形のうちいずれか一通につき、手形の取得者である被上告人赤井において、その支払期日の記載を昭和三四年二月二五日と変造したものであることは明らかであるが、いずれの一通につき変造がなされたものであるかは不明であるというのである。しからば、本件手形の支払期日が変造にかかるものであることは証明されたが、その変造前の原文言が前示(一)ないし(三)のいずれであるかは証明することができなかつたのであるから、前に説示したところにしたがい、原文言が判明しないことによる不利益は、手形所持人である被上告人赤井にこれを帰せしめなければならないこととなる。
しかるに、原判決は、右と異なり、変造前の原文言は振出人たる上告人山口においてこれを証明することを要し、これを証明することができないときは、その不利益は右上告人にこれを帰せしめるべきであるとしているのであるから、原審の右判断には、所論のごとく、立証責任を誤つた違法があるといわなければならない。所論は理由がある。
同上告理由二の前段について。
手形金額を白地として約束手形を振り出した者は、その手形につき、合意により予定された金額をこえる金額を手形金額とする補充がなされた場合においても、右違反をもつて手形の取得者に対抗しえないのを原則とし(手形法七七条二項、一〇条本文)、ただ例外として、(一)手形を取得した者において右補充が合意に違反してなされたものであることを知り、もしくは重過失によりこれを知らないでこれを取得したとき、または、(二)合意の内容を知り、もしくは重過失によりこれを知らないで手形を取得した者が、合意に違反する補充をしたときには、振出人は、右合意により予定された金額の限度において手形上の責を負うに止まるのである。したがつて、右(一)または(二)の事実の主張、証明がないときは、これによる不利益は振出人にこれを帰せしめなければならない。
本件につき原審が確定したところによれば、本件手形は、上告人山口が、手形金額欄の欄外に算用数字をもつて(一)一通には一六四、二〇〇円、(二)一通には一二五、三〇〇円、(三)一通には二五〇、〇〇〇円とそれぞれ鉛筆書きをして振り出した合計三通の約束手形(右各鉛筆書きにより、右各手形の手形金額につき、右各金額の限度における白地補充の合意がなされたものと認められる。)のうちいずれか一通につき、手形の取得者である被上告人赤井において、右鉛筆書きの部分を消して手形金額欄に七一六、五一四円と記入したことは明らかであるが、それが右三通のうちいずれの一通であるかは明らかでないというのである。しからば、本件手形の右補充は、補充に関する合意の内容を知つて手形を取得した被上告人赤井が右合意に違反してしたものであることまでは証明されたが、右合意による補充の限度が前示(一)ないし(三)の金額のいずれであるかは証明することができなかつたのであるから、前に説示したところにしたがい、補充の限度につき証明を尽すことができなかつた不利益は、手形振出人である上告人山口にこれを帰せしめなければならないこととなる。されば、右と同趣旨のもとに、上告人山口は右(一)ないし(三)の金額のうち自己に最も不利益なものを限度として手形上の責を負うべきものとした原判決は正当であり、立証責任を誤つた違法はないから、所論(一)および(二)は採用の限りでない。
また、原審の口頭弁論の結果に微すれば、被上告人は、本来、補充権に基づき記入したとする手形金額七一六、五一四円の支払を求めているのであり、補充権の限度として一六四、二〇〇円だけを主張しているものでないことが明らかであるから、原判決には被上告人の主張しない事実について判断した違法はなく、所論(三)も採用することができない。
同上告理由二の後段について。
本件口頭弁論の結果に微すれば、原判決が上告人から被上告人が悪意の取得者である旨の主張がない旨判示していることが誤りであることは所論(一)の指摘するとおりであるが、原判決は進んで上告人の右主張についての判断を示しているのであるから、原判決の右瑕は判決に影響を及ぼすものではない。また、原判決挙示の証拠関係に照らせば、上告人の右主張事実を認め難いとした原審の判断はこれを肯認することができるから、所論(二)も採用し難い。
以上説述したところによれば、所論一はその理由があり、上告人山口は、被上告人赤井に対し、手形金額二五万円についてその責を任ずべきであるが、支払期日については、被上告人赤井に最も不利益な昭和三四年四月二六日を支払期日として責を負うに止まるものと解せられるので、被上告人赤井の本訴請求は、手形金二五万円およびこれに対する本件支払命令の送達の日(昭和三四年三月三一日)の後であり、右支払期日の翌日である昭和三四年四月二七日から支払済みに至るまで年六分の割合による損害金の支払を求める限度においてこれを認容すべきものと認める。
しからば、原判決の上告人山口敗訴の部分のうち、上告人山口に対し金二五万円に対する昭和三四年四月一日から同年四月二六日まで年六分の割合による金員の支払を命じた部分は失当としてこれを破棄し、右部分に関する被上告人赤井の請求はこれを棄却すべきであるが、上告人山口のその余の部分に対する上告はその理由がないから、これを棄却すべきものと認める。
よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条一項、三八六条、九六条、九二条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
裁判官五鬼上堅磐は、退官につき、評議に関与しない。(横田正俊 柏原語六 田中二郎 下村三郎)